元不登校娘との徒然日記 

不登校を乗り越え 高校受験への列車に乗車中。どこまでいけるか?再び不登校か?母ちゃんはいつでも娘の見方です。

【不登校】手術~退院

手術中、私は一旦家に帰り家事を済ませ
手術が終わる頃に病院へ戻りました。

家で家事をしている時も病院に戻る時も、目から涙がボロボロ止まりません。なんでこんな辛い目に遭うのか。不登校だけでも辛いのに、全身麻酔の手術なんて・・・。

更に辛かったのが、病院に戻る途中に娘の同級生達が課外活動で学校の周辺で”町探検”していたことです。本来なら私も町探検のボランティアを申し込んでいたので、課外活動のお世話をする予定でした。
私が参加すれば娘も町探検ぐらいは行ってくれるかもと思いましたので。

キラキラした児童達を横目に病院へ急ぐ私の涙量はさらに増加。こんなところに引っ越してこなければ不登校にもならなかったかもしれないし、ケガもしなかったかもしれないし・・・と、自分を責めて責めて運転しながら大量に涙がこぼれ落ちていました。

手術終了

手術終了予定時刻に手術室の前で待機。
時間通りに終了し、主治医の先生と一緒に娘は出てきました。麻酔は切れていて目が覚めた状態でした。
主治医T先生
「予定通りの手術が行えました!麻酔も覚めていて問題ありません!」

安堵する私。そして娘と一緒に病室へ戻ります。娘は麻酔のせいで声が出づらくなり、また眠気もまだ残っていて再び眠りに入ってしまいました。眠った娘のベッドサイドで私はホッとする気持ちと共になんでこんなことに・・と自分を責める時間を過ごしました。

退院~不登校

手術の翌々日に退院予定でしたが、娘が病院だと眠れないというので急遽手術の翌日に退院させてもらいました。
金属で腕が固定されるまでは腕吊りした状態ですが、学校には行って大丈夫と先生には言われました。しかし娘は学校には行きたがりません。左腕が不自由なので、なおさら学校への気持ちは遠のいてしましました。

私の中では、不登校になってしまった時は学校から何かアドバイスや手助けがあるのかなと勝手に思っていました。授業で使ったプリントの配布や先生が家庭訪問して面談を行うなど。
実際娘が通っていた学校では何もなく、放っておかれている状態でした。ケガして入院して不登校が強くなっても手をさしのべる何かはありませんでした。
担任の先生に相談したくても、クラスが荒れていて先生がいっぱいいっぱいなことは外から見ていてもわかっていたので頼れません。私たちは毎日孤独の底です。

娘は一日中、ぼーっとすごしていました。テレビ見たりYouTube見たり・・。
今思えば、たくさん読書したり勉強したり学校なんて行かなくても学ぶ方法はたくさんあったのに私のマイナス思考が止まらず、娘のための行動はなにもできていませんでした。それどころか、娘にあたってしまうこともしばしば。

娘は骨折して手術して痛みに耐えてつらいのに、ますます学校から遠のいてしまった状況に、私はいらいらしている毎日でした。