元不登校娘との徒然日記 

2年間の不登校を乗り越えました。遅れをとった勉強を親で頑張るブログです。家族の生活についても綴ります。

【不登校】手術後、母退職

不登校ママ仕事どうする問題

骨折の手術後、
術後の通院そしてその後のリハビリ。
不登校が続きます。

 

そこで困ったのは私の仕事です。

 

不登校でも仕事継続

私は娘が骨折するまで、短時間ですが仕事をしていました。 

仕事の間、娘を家で一人にするわけにもいかないので、私の仕事がある日は、娘は学校に登校する、もしくは実家の母に来てもらうという手段で私は仕事を継続していました。
実家の母は往復6時間かかる場所に住んでいたので時間的にも金銭的にもかなりの負担。
お母さん、ごめん( 。-_-。)

それでもなんとか仕事を続けていたのは、仕事をしないと私が病むから!それだけ。
一時期 仕事をしていない時期があったのですが、収入が1円もない自分自身が嫌で嫌で耐えられなくなりました。

働くことは私にとって精神安定剤。
働くとストレスも溜まるし疲れますが、経済的に楽になれること、そして子育て以外の世界をもてることで気持ちが楽になります。

仕事は退職へ

娘が骨折した時点ではお仕事は1ヶ月のお休みを申請しました。1ヶ月後には復帰する予定でした。

しかし
術後、通院が週に1-2回。その後、腕に入れた金属を取るために再度手術になる、
という予定を医師から聞いた時点で仕事先には退職の意向を伝えました。

仕事はもう無理でしたね。
週2での通院、再度手術。週1で通院。その後リハビリ開始。
通院日と私の仕事の日を組み合わせるなんてことはできませんから。

この頃は毎日泣いていました。

不登校の娘とずっと一緒。息がつまりました。仕事もなく外に出る機会は通院と買い物のみ。

なんでここに引っ越してきたんだろう。引っ越さなければ不登校にもならず、骨折するような店頭もなかったかもしれない。毎朝、毎晩、娘が寝ている時間は涙涙の日々でした。

ひどいウツ(?)症状

2度の手術、術後のリハビリ、毎週の通院、私の退職。これらの出来事で私は気力がなくなってしまいました。

何をしていても泣いてしまったり、食欲がなく体重激減したり、もうフラフラ。
今思うと、軽いウツ症状だったのかなと思います。

その頃、習い事関係でも嫌なことがあり、ますます元気がなくなりました。

娘の通院日は気力を引っ張り出してきてなんとか行く感じ。

そんな時に
夫の転勤辞令がくだります。